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本文

沖縄出身の多くのミュージシャンが,音楽シーンをにぎわせている。BEGINやORANGE RANGEなどが沖縄の伝統的な楽器である三線(サンシン)を弾き,ポップスやロックのメロディーにのせている。三線とはどのような楽器なのであろうか。

Have you ever heard the sound of a sanshin? Maybe you say, “Yes, of course!” Now the sanshin is very popular among young people. Some famous musicians from Okinawa such as BEGIN and ORANGE RANGE play the sanshin in their music. Do you know about the history of the sanshin?
In the fourteenth century the sanshin was introduced from China. At first, it was played only by upper class people. Then common people began to play the sanshin. Since then, the sanshin has been a necessary part of Okinawan music.
When the Second World War ended, Okinawan people needed the sanshin. During the war they had a very hard time. To heal their hearts and get over their sadness, music was necessary. However they lost the sanshin with many other things in the war. So they made a sanshin of empty cans and sticks. This sanshin was called the “kankara sanshin.” It was simple and cheap, but it was good enough to play music. Okinawan people expressed their sad feelings in words and sang them with traditional melodies. This is how Shimauta was born.
These days more and more young people play the sanshin. In today’s busy world, the slow and traditional sounds of the sanshin make us feel peaceful in our hearts.

sound「音」
upper class「上流階級の」
common「ふつうの」
necessary「必要な」

heal「いやす」
get over「のりこえる」
empty can「空きカン」
stick「棒」
traditional「伝統的な」

 

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確認問題

Q1:本文の内容に合っているものには○を,合っていないものには×をつけなさい。

(1)三線が沖縄で使われ始めたのは,14世紀以降である。
(2)三線は,伝わった当初から一般庶民によって弾かれた。
(3)カンカラ三線は,中国の人々によって作られた。
(4)戦争での悲しみを言葉にして,伝統的なメロディーにのせたのが島唄である。

Q2:次の英文を日本語にしなさい。

(1)Since then, the sanshin has been a necessary part of Okinawan music.

(2)In todayユs busy world, the slow and traditional sounds of the sanshin make us feel peaceful in our hearts.

 

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全訳

あなたは今までに三線の音を聞いたことがありますか。おそらく「はい,もちろん」と答えることでしょう。今では三線は若者の間でとても人気があります。BEGINやオレンジレンジなどのような沖縄出身の有名なミュージシャンの中には,彼らの音楽で三線を演奏している人たちもいます。あなたは,三線にどのような歴史があるのか知っていますか。
三線は14世紀に中国からもたらされました。当初は上流階級の人たちだけが弾きました。それからふつうの人々が三線を演奏し始めました。それ以来,三線は沖縄の音楽に欠かせない部分になっています。
第二次世界大戦が終わったとき,沖縄の人々には三線が必要でした。戦争の間,人々はとても辛いときを過ごしました。心を癒し,悲しみを克服するためには音楽が必要でした。しかし,戦争中に,三線は他の多くのものと同様に失われました。そこで人々は空きカンと棒で三線を作りました。この三線は「カンカラ三線」と呼ばれました。カンカラ三線は単純で安価でしたが,音楽を奏でるには十分でした。沖縄の人々は,悲しみを言葉に表現し,伝統的な旋律でそれを歌いました。このようにして島唄は生まれました。
近年ではますます多くの若者が三線を演奏しています。今日の忙しい世の中で,三線のゆっくりとした伝統的な音が私たちに心の安らぎを感じさせます。

 

確認問題解答

Q1

(1) ○   (2) ×   (3) ×   (4) ○

Q2

(1) それ以来,三線は沖縄の音楽に欠かせない部分になっています。

(2) 今日の忙しい世の中で,三線のゆっくりとした伝統的な音が私たちに心の安らぎを感じさせます。

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