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本文

Chapter 20

 

When people need to reason about something abstract, they tend to imagine something concrete that the abstract thing is like and then reason about that instead.  For most of us, space is the concrete thing that time is like.  Research reveals that people all over the world imagine time as though it were space, which is why we say that the past is behind us and the future is in front of us, that we are moving toward our old age and looking back on our childhood, and that days pass us by in much the same way that a speeding train might.  We think and speak as though we were actually moving away from a yesterday that is located over there and toward a tomorrow that is located in the opposite direction.

When we draw a timeline, those of us who speak English put the past on the left, those of us who speak Arabic put the past on the right, and those of us who speak Chinese put the past on the bottom.  But regardless of our native language, we all put the past someplace ― and the future someplace else.  Indeed, when we want to solve a problem that involves time ― for instance, “If I ate breakfast before I walked the dog but after I read the newspaper, then what did I do first?” ― most of us imagine putting three objects (breakfast, dog, newspaper) in a line and then checking to see which one is farthest to the left (or right, or bottom, depending on our language).  Reasoning by metaphor is a clearer technique that allows us to overcome our weaknesses by making use of our strength ― using things we can visualize to think, talk, and reason about things we can’t.

 

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和訳

20.時間を例にとった抽象概念の認識

KEY58   私は手が震えているのを感じて,それを見せないようにした。

私は,手が震えて汗で湿ってくるのを感じた。

私は,手が震え,心臓がどきどきしているのを感じた。

KEY59   私は彼の健康を心配していたが,それは無用のことだった。

彼は妻を喜ばせようとしたが,それはとても難しいことだとわかった。

KEY60   その後,私は学校を卒業し,仕事を持ち,結婚して,子供ができた。

全 訳

抽象的なものについて論理的に考える必要があるとき,人はその抽象的なものと類似した具体的なものを想像して,代わりにそれについて考える傾向がある。私たちの大部分にとって,空間は時間に類似した具体的なものである(空間は,時間が類似するところの具体的なものである)。世界中の人たちが時間をまるで空間のように想像しており,それゆえ私たちは,過去は私たちの背後にあって未来は私たちの前方にあるとか,私たちは老年に向かって進んでいて,子供のころを振り返っているとか,日々は高速列車とほとんど同じように私たちのそばを通り過ぎていく,といった言い方をするのだということが,研究によって明らかになっている。私たちは,まるで実際に向こう(の方)にある昨日から離れて,その反対の方角にある明日に向かって進んでいるかのように考え,またそのように話す。

時間の経過を示す線を描くとき,私たちの中で英語を話す者は過去を左側に,アラビア語を話す者は過去を右側に,そして中国語を話す者は過去を下の方に置く。しかし生まれ育った国の言葉にかかわらず,私たちはみんな過去をどこかの場所にそして未来をどこかほかの場所に置くのである。実際,たとえば「犬を散歩させる前だけれども,新聞を読んだ後に,私は朝食をとったとしたら,私は何を最初にしたことになるか」といったような,時間に関連する問題を解決したいと思うとき,私たちの大部分は3つのもの(朝食,犬,新聞)を線の上に置いて,それから,どれが左(話す言語によっては,右,あるいは下)の一番端にあるかを調べて確かめることを想像する。隠喩によって論理的に考えることは,私たちが自分たちの強みを利用することによって(つまり)視覚化できないものについて考えたり,話したり,判断したりするのに視覚化できるものを使うことによって弱点を克服することを可能にしてくれるより明快な技巧なのだ。

293語;青山学院女子短期大学)

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